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フェリー[フェリー会社]情報(秋)

秋のフェリー[フェリー会社]情報



行楽に適した秋は連休を利用して旅行を計画している人も多くいます。最近ではペットと同じ部屋に泊まれるフェリーのプランも登場し、愛犬家も気兼ねなく船旅が楽しめるようになりました。さらに大阪には現在も8ヵ所で渡し船が運行され、市民の足としてはもちろん観光地としても脚光を浴びています。秋の旅は船に注目し、いつもとは違うところへ出かけてみてはいかがでしょう。

フェリーで愛犬と旅へ

フェリーで愛犬と旅へ

秋の連休に旅行へ行きたいと思っても、ペットを飼っている家庭では長期間、留守番させにくいため断念することも多くあります。しかし、フェリーを使えば愛犬と一緒に船旅ができるのです。

ペットと同室で宿泊ができるプランを用意しているのは神戸・大分間を結ぶ「フェリーさんふらわあ」と函館・青森間、函館・大分間を結ぶ「津軽海峡フェリー」の2社。

フェリーさんふらわあ

神戸と大分航路を結ぶ「フェリーさんふらわあ ごーるど・ぱーる」では「ウィズペットルーム」を完備。全室窓付きでペットをケージから出してくつろげ、室内は完全防音&防水フローリング使用。一般の客室とは防音扉で仕切られているためペットの鳴き声も気にならず、全犬種が乗車できるのも魅力です。また、ペットと一緒に泊まれるウィズペットルームの他、一般客室に泊まってペットのみを預けられるペットルームも併設されています。

津軽海峡フェリー

函館・青森間、函館・大間間、本州・北海道間を最短ルートで結ぶ津軽海峡フェリーには、愛犬と同室できるプライベートドッグルームやドッグバルコニーを完備。特に青森・函館間を運行するブルーマーメイドは体重30kgまでの大型犬にも対応しています。プライベートドッグルームには空気清浄機やペットシーツが置かれているサービスも。

こういったフェリーを利用すれば愛犬をペットホテルなどに預けることもなく、一緒に楽しい思い出作りができます。秋の旅行を考えている愛犬家にとっては、フェリーでの船旅を検討してみましょう。

出航の紙テープ

よく映画などで大型客船が港を出航する際に色とりどりの紙テープを投げるシーン。文化の秋にちなんで映画を鑑賞し、そういったシーンを見ることも多いかもしれません。紙テープには「別れの握手」という意味があり、現在でも長距離フェリーの売店ではこの紙テープが販売されているケースも。この紙テープ投げは世界中で行なわれていますが、中にはゴミが増えるため紙テープの使用を禁止している港もあります。

なお、この紙テープは船上から港へ投げ、陸側の人はテープの端を持っておくだけ。船が出港すると紙テープがどんどん伸び、テープがなくなると「お別れ」になります。ちなみに昭和40年代には九州が新婚旅行先の定番だった時代があり、その頃は大阪から九州へ向かう客船がウエディングシーズンになると盛大に紙テープを投げて出港していました。現在の瀬戸内航路は客船からフェリーへと変わったため往年の華やかさは薄れたものの、現在でも「フェリーさんふらわあデクルーズ」の出港などの際には紙テープでの見送りが行なわれています。

紙テープでの華やかな見送りは定期運航のフェリーではあまり見かけない光景ですが、離島航路では今なお卒業シーズンには島を出て行く人を盛大に送るため、紙テープ投げが定番となっています。

紙テープ投げの歴史

出航時の紙テープ投げを最初に考案したのは日本人というのはご存知でしたか?

実は1914年(大正3年)に開催されたサンフランシスコ万博博覧会に参加した日本企業のうちのひとつに、製紙業者が出品した紙テープがありました。しかしこのテープが全く売れず、その在庫を港へ持ち出して「紙テープでお別れの握手を」と宣伝したのです。

これが予想外に大ヒットし、瞬く間にあちこちの港で紙テープを投げて別れを惜しむ光景が見られるようになりました。

なお、紙テープの投げ方にもコツがあり、

  • 平らのままだと手を切ることがあるためテープの端を持つ際にはぎゅっと握りつぶして持つ
  • テープの芯は海へ捨てず持ち帰る
  • テープが横滑りすると側面で肌を傷付ける恐れがあるため周囲に注意して投げる

などが挙げられます。秋の大型連休に船旅を楽しむ人は、ぜひ出航時に紙テープ投げに挑戦してみてはいかがでしょうか。

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港の秋は、夏の賑わいの後だけに少しもの悲しさが漂いますが、それでも秋だけの楽しみがちゃんとあります。高く突き抜けるような青空と爽やかな秋風の中、落ち着いた気分で船を見ながらひとときを過ごしてはいかがでしょうか。

洋上レストランで秋の味覚を

洋上レストランで秋の味覚を

秋の味覚をお気に入りのレストランで味わうのも良いですが、少しゴージャスに洋上レストランで食事というのはいかがでしょうか。海に浮かぶ船をそのままレストランにしたもので、海上レストランやフローティングレストランとも呼ばれており、港の近くに停泊しているものから、クルージング付きのものまで様々なレストランがあります。おしゃれな船内は特別な日を演出し、窓からの景色も抜群なため、お手軽なランチタイムは、明るい日射しと秋風に包まれながら港町の風景が楽しめ、贅沢なディナータイムは港の夜景に包まれて、ワインを傾けながらコース料理を堪能できます。秋の旬の食材をふんだんに使い、一流のシェフが腕を奮った料理は、心もお腹も満たしてくれますので、クルージングでの食事の場合は、窓からの景色に目を移したり、デッキに出て遠くを眺めたりすると満足感も倍増します。

世界には豪華客船を使ったものや、人気の高い洋上レストランなどがありますが、日本ではまだ東京や横浜、福岡などそれほど数は多くありません。それだけに秋のひとときを少しリッチに過ごしてみたい人にはおすすめです。

手旗信号

通信が発達した現代ですが、海の上では昔ながらの手旗信号が使われており、紅白の2本の旗を持って、その動作によって意志や状況を伝えています。元々は明治時代に海軍によって考案されたもので、近距離の通信では通信手段として採用され、やがて商船でも使われることになり、昭和初期には「日本船舶手旗信号法」が制定され、海の通信方法のひとつに規定されました。

海軍が消滅した現在も海上自衛隊や海上保安庁などで、船上通信として使われており、海洋少年団、ボーイスカウトでも手旗信号の訓練を実施しているところもあります。

手旗信号は右手に赤旗、左手に白旗を持ち、左右の手の振り方や旗の位置で一文字ずつ言葉を伝えていきます。基本動作は、相手から見てカタカナの書き順を表しており、濁音や半濁音も設定されているため、望遠鏡や双眼鏡から確認できるように、大きく分かりやすい動作をすることが重要で、言葉以外にも通信を開始する合図や通信が終了した合図、送信を取り消す合図なども決められています。

本来は船と船の連絡に使われていましたが、海上に限らず目に見える距離ならどこでも通信が可能なため、覚えておくと、災害など携帯電話が利用できない場合に意志を伝え合うことができます。

港のシンボル

貿易港として国際交流が盛んな港や、かつて栄華を誇った港には、観光スポットとしても魅力があります。そしてそれぞれの港にはシンボル的な建物があり、観光客誘致の相乗効果を作っています。横浜港ではシンボルタワー赤レンガ倉庫ランドマークタワーなど港町にふさわしい充実した施設が並びます。名古屋港ガーデン埠頭にはポートビル、名古屋港水族館などの施設があり、神戸港にはポートタワーやルミナス神戸2などが目につきます。

地方都市の港としては、北海道・函館港にも赤レンガ倉庫があり、その背後には函館山がそびえ、復元された江戸時代の警備船・箱館丸が港の入口に飾られています。鳥取県の境港には夢みなとタワーがシンボルとしての役目を担い、すぐ近くにある米子空港もランドマークのひとつとなっています。広島県の呉港は、造船を中心とした工業港にふさわしくドックが多く並び、それら全体が港のイメージを作っています。

こうした港のシンボルは、そのまま港の顔となり、多くの人を引きつけています。秋の行楽では各地の港に出かけ、そのイメージをしっかり心に焼き付けましょう。


フェリー乗り場からの風景でシンボルとなるのが灯台で、海での信号・標識の役割を果たしています。塔になっているため、遠くからでも目に付きやすく、岬や港の景観を彩る重要な建造物となっています。

灯台記念日

灯台記念日

日本で初めてつくられた西洋式の灯台は、神奈川県横須賀市の観音埼灯台でした。明治元年(1868年)11月1日に観音埼灯台の工事が始まったため、11月1日が「灯台記念日」と制定されました。なお、記念日として制定されたのは1949年のことです。

灯台記念日には、その年によって内容は少しずつ変わっていますが、灯台に関する川柳コンテストや灯台の絵画コンテストなど、毎年コンテストが開催されます。この記念日を制定した海上保安庁による、灯台記念日開催行事のお知らせが毎年公開されているので、コンテストに参加したい人は参考にしてみて下さい。

全国各地の灯台で実施されているイベントとしては、灯台の一般公開や灯台写真の展示会などがあります。なかには、タイムカプセルを設置して何年後かに開封するイベントを行なっていたり、無料で地域の名産品を提供していたり、制服の試着サービスを行なっていたり、複数の灯台を回って集めるスタンプラリーを開催していたり(スタンプを集めると記念品を贈呈)、その灯台・地域ならではのサービスも存在します。

また、灯台記念日に毎年必ず実施されるのが、航空援助業務協力者に対する感謝状の贈呈です。これは海上保安庁の長官による表彰で、海上保安本部や各地の海上保安部などで行なわれます。

灯台の歴史

灯台の歴史

世界初の灯台は、エジプトのアレクサンドリア港のファロス島に建設された「アレクサンドリアの大灯台(ファロス島の大灯台)」と言われています。紀元前305年に、エジプト王国 プトレマイオス朝の初代ファラオ(王)であるプトレマイオス1世によって建造が開始されましたが、完成したのは彼の死後、息子のプトレマイオス2世が王に君臨する紀元前279年のことでした。20年以上もの長い年月をかけて建てられたファロス島の大灯台は、高さが134メートルもある大きなもので、当時は世界で最も高い建造物であったと言われています。建材としては大理石が使われていたとされ、塔の下層部は四角柱、中層部は八画柱、上層部は円柱という構造だったそうです。その後、796年(紀元後)に大地震が起こり、この大灯台は半壊してしまいましたが、ときは過ぎて1994年、ダイバーがアレクサンドリアの海底で、大灯台の遺構の可能性がある古代の遺物を発見しており、多くの歴史ファンから注目を集めています。なお、アレクサンドリアの大灯台は、その大きさ(高さ)から世界の七不思議のひとつに数えられており、遺構の発見はこの不思議の解明につながる可能性も秘めています。

一方、日本で灯台が建てられるようになったのは江戸時代のことでした。日本独自の灯台は、石を積んだ土台の上に小屋を建てたものでした。小屋の中で木を燃やす仕組みで、「かがり屋」「灯明台」などと呼ばれていました。明治時代の初めには、日本各地に合計100以上の灯台がつくられたと言われています。現在、千葉県の有形民俗文化財に指定されている「船橋大神宮灯明台(ふなばしだいじんぐうとうみょうだい)」は、1880年(明治13年)に設置された灯台です。1895年(明治28年)まで政府公認の民説灯台として利用されていたもので、11キロ先まで光が届いたと言われています。1、2階は和風、3階は西洋式灯台の造りとなっており、和洋折衷のめずらしい建物で、現存する灯明台のなかでは国内最大級です。意富比神社(おおひじんじゃ)(通称 船橋大神宮)の境内にあるので、興味のある人は訪れてみると良いでしょう。